2026年04月02日

会館だより「かけはし」

かけはし R0804月号@.pdfかけはし R0804月号A.pdf


危険な植物 〜侮るなかれ〜

 先月、野外の植物をもっと利用しようということを話題にしましたが、どんな植物でもいいという訳ではありません。なかには危険な植物もありますので、気を付ける必要があります。

スズラン.jpg この時期、最も身近で危険な植物は「スズラン」です。スズランは花も可愛く、お店で普通に売られている植物です。全体に、特に花や根に強い毒があるため、間違って食べてしまわないようにすることが必要です。また触れた後は手を洗うようにするとよいでしょう。

 スズランを食べると、吐き気、腹痛、めまい、血圧低下、心臓麻痺(まひ)などを引き起こします。過去には、スズランを挿した花瓶の水を飲んだだけで、子供が死亡したという事故も起きています。

アジサイ.jpg また、スズランほど危険ではありませんが、「アジサイ」も毒のある植物のひとつです。アジサイの葉や花のつぼみは、料理の飾りとして使われることもあります。平成20(2008)年6月13日には、茨城県つくば市内の飲食店で、飾りとして料理に添えられたアジサイの葉を食べた1グループ8名が、30分後に嘔吐、吐き気、めまいなどの症状を起こしました。

キョウチクトウ.jpg 夏に美しい花を咲かせる「キョウチクトウ」は、古くから猛毒を持った植物として知られています。日本では明治10年の西南戦争の際、官軍の兵士が、この木の枝で箸を作り食事をしたところ、中毒事故を起こしたという記録が残っています。1975年には、フランスで、バーベキューをしていた7人の男女が、キョウチクトウの枝をバーベキューの串に使ったため、染み出した樹液が肉や野菜にしみ込んだため死亡するという事故が起こっています。生木を燃やした煙も有毒で吸ってはいけないし、キョウチクトウの植えられている土にも毒性があり、腐葉土になっても一年間は毒が残るといわれています。

 ところで「アサガオ」は、だれにでも育てやすい植物ですが、じつは種に毒が含まれています。毒は黒い種を割った白色の部分に含まれているので、種をそのまま飲み込んだようであれば症状は出ず、便としてそのまま排出されるので、危険性はありません。しかしかみ砕いて食べてしまうと、激しい下痢、嘔吐、腹痛、血圧低下、幻覚などの症状を引き起こす危険があります。(T.Y.)

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2026年03月01日

会館だより「かけはし」



春の野草の利用 〜「雑草」と思うことなかれ〜

 3月は寒さが和らぎ、春の訪れを実感する時期です。野外ではオオイヌノフグリやヒメオドリコソウなどの花が見られるようになります。ところでこれらの草花は、どちらも元々日本にあった植物ではありません。今から150年位前、船などの積み荷に紛れて外国からやってきた植物です。このような植物を帰化植物呼びますが、繫殖力が強く、またたく間に日本中に広がっていくものが多いです。

オオイヌフグリ.jpg オオイヌノフグリも1884年に東京で発見されたという記録が残っていますが、それから30年後には、全国で普通に見られる植物になっていました。オオイヌノフグリは秋に芽を出し、他の植物が茂らない冬に広がって育ち、早春に小さな青いたくさんの花をつけ、春の終わりには枯れてしまいます。そして夏の間は種子で過ごすのです。人間やペットに対して毒はないので、駆除する必要はありません。若葉やつぼみに特有のクセが少なく、ほんのりとした甘みがあり、そのままサラダに混ぜたり、お浸しにしたり、天ぷらにしたりして食べることができます。花をちらし寿司の彩りするのもおすすめです。

ヒメオドリコソウ.jpg ヒメオドリコソウはオオイヌノフグリよりも少し遅れて日本に帰化した植物で、やはり毒がなく、山菜として食べることができます。但しそのままでは独特の青臭さやえぐみがあるので、前もって軽く塩ゆでする必要があります。また繁殖力が強いので、温暖な地域では、年間を通して花を見ることができます。ヒメオドリコソウの花は、他の花が少ない早春に咲き、甘い蜜と花粉をたくさん出すので、ミツバチにとっては重要な蜜源植物となります。

ナズナ.jpg 春の七草のひとつとして古くからペンペングサとして知られているナズナも代表的な早春の食べられる野草のひとつです。早春の茎が立つ前の地面に広がった葉が特に美味しいです。苦味やクセが少なくお浸しや味噌汁、サラダなど様々な料理に活用できます。 (T.Y.)

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2026年02月04日

会館だより「かけはし」

かけはし R0802月号@.pdfかけはし R0802月号A.pdf


お雑煮のいろいろ 〜「我が家のお雑煮」はどこに起源があるのだろう?〜

 だんだんと地域らしさが失われていく日本ですが、お正月にいただくお雑煮には、まだそれが残っています。

 お雑煮という名前は、お餅といろいろな食材を混ぜて煮たからついたと考えられますが、起源にはいろいろな説があり、京都を中心とした近畿地方が発祥という説が有力です。公家や武家など上流階級の間で縁起のよい食事や祝いのための食事でした。

 米や餅は貴重な食材だったので、庶民も前年に収穫したお米から作った餅を神様にお供えし、そのお下がりとしてお雑煮をいただくことで、正月をお雑煮で祝う行為が全国に普及していきました。

お雑煮.jpg お雑煮はおめでたい食べ物なので、昔からいろいろと縁起かつぎが行われてきました。例えば大阪では元日の雑煮は白味噌ですが、二日目はすまし汁で食べるのが一般的です。

 これは「味が飽きない」と「商い」をかけた縁起かつぎの意味があります。関東のお雑煮は、醤油で味をつけるすまし汁が主流です。江戸時代の武家社会では、味噌を使うと失敗するという意味の「みそをつける」につながるので、避けたからだといわれています。愛知県や岐阜県のお雑煮に使われる青菜は、尾張地域の伝統野菜であるもち菜(小松菜の一種)です。青菜と餅を一緒に食べると、「名(菜)を持ち(餅)上げる」という意味があります。千葉県では、房州産の海藻である干した「はばのり」が特徴のお雑煮が有名です。はばのお雑煮をお正月に食べると「一年中、はばをきかせられる」からです。広島県では 「福をかき入れる」という意味で、牡蠣や出世魚の塩ぶりなど、県の特産品が入ったお雑煮が食べられています。

 お雑煮は、よく知られているものだけでも、その種類は100を超えるほどあります。北海道は、全国から人々が集まった影響で多種多様なお雑煮が食べられています。また沖縄県では、昔から食べる習慣がありませんでした。香川県ではあんこの入った餅を入れますが、これは藩の特産品で管理が厳しかった「和三盆(高級砂糖)」を、役人にばれないよう庶民が餅にあんこを練り込み、隠して食べたのが由来といわれています。 (T.Y.)

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2025年12月25日

会館だより「かけはし」


丸い餅と四角い餅

 お餅は一年中お店で買って食べることができますが、以前は、お正月などの年中行事や、お祝い事で食べるものでした。

 普段食べているお米(うるち米)のデンプンは、アミロースとアミロペクチンが約2対8の割合になっています。しかし、もち米はアミロースを含まず、100%アミロペクチンでできているため、強い粘り気と弾力性があり、冷めても硬くなりにくいという特徴があります。うるち米も一晩水につけておくとアミロースが水に少し溶け出し、粘り気が増えますが、もち米と同じにはなりません。

 昔日本のお餅は手で丸めて作られていたため、歴史の古い地域では今でも丸い餅が主流です。丸い餅は、神様にお供えする鏡餅の形からきており、「その年を丸くおさめる」「家庭円満」という意味が込められていました。しかし現在では、主に丸餅を食べる地方と角餅を食べる地方に分かれています。例外はありますが、一般的に西日本は丸餅、東日本は角餅です。北海道は全国から人が集まった地域なので、丸餅と角餅の両方が食べられています。また沖縄は、甘くて丸い餅が食べられています。

丸餅角餅.jpg なぜ東西で分かれたかについてはいろいろな説がありますが、岐阜県の関ヶ原で行われた関ヶ原の戦いも一つの理由としてあげられています。また、江戸時代になると、江戸城下では人口が急増加し、一つ一つ手で丸めていたのでは生産が追いつかず、餅をひろげてのばしてから切り分ける「角餅」が生まれました。これが関東以北に角餅が広まるきっかけになったと考えられています。

 お餅には熱すると軟らかくなる一方、冷えると硬くなるという特徴があります。

 食べたすぐはお餅が温かいため、軟らかい状態で体の中を通過します。しかし、腸に流れていくうちにだんだん冷えて硬くなっていき、結果的に腸のところで詰まりやすくなってしまうのが、腸閉塞という病気の原因の一つです。寒い時期は腸の運動も落ちますので、高齢者は食べすぎないよう、特に注意が必要です。 (T.Y.)

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2025年11月29日

会館だより「かけはし」

かけはし R0712月号@.pdfかけはし R0712月号A.pdf


インフルエンザに気を付けましょう 〜現代の病でもないらしい〜

 今年はインフルエンザの流行が例年より早まっています。都内では11月中旬には警報基準を超えました。幼稚園や保育園、学校などでは、遠足や運動会などの行事が、中止になったり延期になったりしました。

 インフルエンザウイルスは1万分の1oと極めて小さく、電子顕微鏡を使わなければ観察することができません。そのため、病気そのものは古くからあったのですが、病気がなぜ起こるのか、長い間わかりませんでした。昔の占い師たちは、冬に大流行して春には収まるので、インフルエンザの流行を星の運行や寒さの影響によるものと考えました。その結果、星の影響という意味のラテン語「Influentiacoeli(インフルエンシャル)」と呼んだのがインフルエンザの始まりといわれています。

 日本では西暦1010年に一条法王が「しはやぶきやみ(恐らくインフルエンザ)」のため37歳で死去されたという記録が残っています。江戸時代に入ると記録はさらに詳細になり、インフルエンザを連想させる病気を「はやりかぜ」と呼ぶようになりました。

 インフルエンザが世界的に最も猛威をふるったのは、西暦1918年頃から始まった「スペイン風邪」です。全世界で5億人が感染したとされ、 これは当時の世界人口の3分の1近くにあたります。死者も5千万人から1億人くらいだったと考えられていて、日本でも40万人近くが命を落としました。

マスクとうがい.jpg スペイン風邪という名前はついていますが、スペインから流行が始まったわけではありません。西暦1918年は第一次世界大戦中で、各国とも情報が統制されていて自由に報道することができませんでした。しかしスペインは中立国だったので、感染症による被害を自由に報道できたので「スペイン風邪」という名前になってしまったのです。実際にはヨーロッパに派遣されたアメリカの兵隊がアメリカから持ち込み、それが広まったと考えられています。そして、この大流行によって多くの死者が出たことで、徴兵できる成人男性が減ったため、第一次世界大戦の終結が早まったといわれています。

マスク.jpg 日本では、この流行をきっかけとして、マスクをつける習慣が広まっていきました。(T.Y.)

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