2026年07月02日

会館だより「かけはし」

かけはし R0807月号@.pdfかけはし R0807月号A.pdf


線状降水帯と雨の量 〜日頃からの備えを〜

 最近、線状降水帯(せんじょうこうすいたい)という言葉を、よく目にするようになりました。普通、雨雲は風に流されて移動しますが、線状降水帯は、雨雲がまるで「電車」や「列車」のようにいくつも並び、同じ場所で強い雨が降り続く現象です。雨の範囲が細長く広がっているため、このように呼ばれます。雨の範囲の幅は20〜50kmで、長さは50〜300kmもあります。同じ地域に何時間も激しい雨が降り続き、数時間にわたってバケツをひっくり返したような大雨が降り続き、大きな川の氾濫(はんらん)や土砂災害を引き起こすとても危険な現象です。

線状降水帯.jpg 地球温暖化の影響で、発生回数や強さが変化している可能性が指摘されていますが、自然現象としての「線状降水帯」という現象は、新しく生まれたものではなく、古くから発生していた現象です。昔は今のように細かな天気の計測ができなかったので、「ゲリラ豪雨」とか「局地的大雨」「集中豪雨」という言葉でしか表現できなかったのです。

 気象庁は、線状降水帯が発生すると、「記録的短時間大雨情報(災害の危険性が高まるような猛烈な雨が降る)」を出して住民に危険を知らせています。

 では「猛烈な雨」というのは、どのような雨のことを言うのでしょう。天気予報の「〇o」というのは、1時間あたりに口径20cmの受水器に溜まる雨の量のことです。

  ・ 1〜10mm未満(弱い雨): 傘があれば安心。普通の雨。

  ・10〜20mm(やや強い雨): ザーザーと降り、水たまりができる。足元が濡れる。

  ・20〜30mm(強い雨)  : どしゃ降り。傘をさしていても着ている服が濡れる。

  ・30〜50mm(激しい雨) : バケツをひっくり返したよう。道路が川のようになる。

  ・50〜80mm(非常に激しい雨): 滝のような雨。視界が悪くなる。

  ・80mm以上(猛烈な雨) : 息苦しさを感じる猛烈な雨大規模な災害の危険性。

 10mmの雨が1日続けば地面はしっかり濡れ、30mmの雨が1日続けば大規模な災害に警戒が必要になります。雨が長引けば長引くほど合計雨量が多くなり、土の中に雨水がしみ込んで地盤が緩んだり、川の水位が上がったりするため、水害や土砂災害のリスクが高まるのです。 (T.Y.)

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2026年05月31日

会館だより「かけはし」

かけはし R0806月号@.pdfかけはし R0806月号A.pdf


ナメクジとカタツムリ 〜 似て非なるもの 〜


 六月は梅雨の季節です。沖縄では五月中旬から六月下旬、東北・北陸では六月中旬から七月下旬と、南の地方にいくほど、始まりも終わりも早くなります。日本では北海道と小笠原地方を除き、雨の多い、うっとうしい日が続くようになります。

カタツムリ.jpg しかし、この時期元気に活動する様子が見られる動物たちもいます。その代表がカタツムリとナメクジです。

 死んで殻だけになってしまったカタツムリを見て、ナメクジになって出て行ってしまったのではないかと言った子供がいました。そう言われてみると、カタツムリとナメクジはよく似ています。

 カタツムリとナメクジを、目の前で比べてみてください。

ナメクジ.jpg 両方とも体は細長く、二対の触角をもっていて、大きい方の触角の先には、それぞれ目がついています。体の表面は網目状になった皺でおおわれていて、いつも湿っています。また、頭のほうには口があり、やすりのような、ぎざぎざした歯がついています。この歯で食べ物を削りとって食べるので、カタツムリとナメクジの食べたあとはよく似ています。

ナメクジの歯.jpg 両方とも、這っているときには、頭の部分から粘液が出るので、這ったあとはそれが乾いて、銀色のすじがつきます。

 違うといえば、カタツムリは殻を持っているので、まわりが乾燥してくると、殻のなかにもぐりこんで、長いあいだ、じっとがまんすることができますが、ナメクジは、それができないということです。そのかわり、殻が邪魔をしてカタツムリが入り込めないようなせまいところも、簡単に入り込むことができます。

 最も大きな違いは、カタツムリが歌にまで歌われて親しまれているのに、ナメクジは嫌われていて、見つかると塩をかけられて退治されてしまうことでしょう。 (T.Y.)

posted by 豊島修練会 at 09:47| 会館だより「かけはし」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年05月05日

会館だより「かけはし」

かけはし R0805月号@.pdfかけはし R0805月号A.pdf


ガソリンは不要なものとして廃棄されていた!

 石油製品は、プラスチックなどの包装材料やガソリンとして私たちの生活にとって、なくてはならない存在です。我が国は99.7%を海外からの輸入に頼っていて、その9割は中東地域から運ばれてきます。つまり中東地域から輸入できなくなると、私たちの生活は、たちまち破綻してしまうのです。最近電気で走る自動車も見られるようになりましたが、石油のなかでもガソリンは、まだまだ私たちの生活にとって重要な位置を占めています。

 しかしガソリンの歴史を調べると、廃棄されていた時期があったことがわかります。もともと石油は、鯨油や樹脂・獣脂から製造されたろうそくに代わる照明用燃料として採掘されていましたが、灯油や潤滑油よりも揮発する温度の低いガソリンは扱いにくく、不用品として廃棄されていました。

 ガソリンが見直されるようになったのは、自動車のエンジンに利用できることが分かってからです。

原油精製.jpg 石油は原油として日本まで運ばれてきますが、その成分は、地域によって違いがあります。原油には大きく分けて軽質油と重質油があります。軽質油はサラサラしていて処理しやすく、ガソリンなどの燃料になる割合が高いため、重質油より高い価格がつけられています。これに対して重質油は硫黄分や金属などの不従物が多くドロドロしているので処理しにくく、産業用燃料やアスファルトなどの建設資材に使われますが、処理コストが高くなるので、価格も低くなっています。

 ところで石油はいつなくなるのでしょう。1970年代には「あと30年」と言われていました。ところがそれから50年近くたった今でもその予測数値はかわっていません。これは次々と新しい油田が発見されたり、採掘方法が新しくなったりしているためです。しかし、いずれはなくなってしまうものなので、ナフサから作られているスーパーの食品トレイ、コンビニの弁当容器、ペットボトル、食品ラップ、レジ袋、ゴミ袋などは、工夫して、できるだけ節約するようにするとよいでしょう。(T.Y.)

posted by 豊島修練会 at 13:30| 会館だより「かけはし」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする